大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ヨ)2261号 決定 1989年10月31日

債権者

大野隆雄

右訴訟代理人弁護士

田崎信幸

小薗江博之

債務者

西武バス株式会社

右代表者代表取締役

山本廣治

右訴訟代理人弁護士

辻本年男

遠藤和夫

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し、平成元年八月二五日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金四九万〇四九三円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨

第二当裁判所の判断

一  債権者が昭和四〇年五月二六日、債務者に雇用され、路線バスの運転手として上石神井営業所(西武車庫)に勤務してきたことは当事者間に争いがない。

二  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、債務者は、平成元年七月二〇日、債権者に対し、「平成元年六月三〇日二三時二〇分頃、石神井公園駅前において、酒気を帯びて、遅れて来た同僚運転のバスを停め二分程待たせて乗車し、乗客より苦情を申し込まれるという不祥事を起こしたうえ、酒気帯のまま営業所に宿泊した。また、過去においても再三に渡り業務上の不祥事を起こし、その都度指導されながら、再度不祥事を繰返すなど会社の信用を失墜せしめた。」との事由につき、就業規則五三条一号、二号、四号、五号、八号、一二号、一三号を適用し、懲戒解雇処分相当との決定をしたうえ、「三〇日間の解雇手当を支給し、即日解雇する。」との通常解雇(以下「本件解雇」という。)に処し、債権者に解雇通知をしたことが一応認められる。

三1  債権者が、平成元年六月三〇日午後八時三〇分ころ路線バスの運転業務を終え、同僚と共に同日午後九時すぎ頃から西武池袋線石神井公園駅付近の飲食店で飲酒歓談していたこと、翌七月一日は午前五時四七分に出勤し、午前六時一七分西武車庫を出庫するバスに乗務するように債務者の指示を受けていたこと、債権者は、自宅が同車庫から遠いため、同車庫と併設されている上石神井営業所に宿泊するつもりであったことは、当事者間に争いがない。

2  疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

(一) 債務者の職員である吉野良平運転手は、平成元年六月三〇日、石神井公園駅発西武車庫行き最終バスの運転を担当して、定刻より七分遅れて午後一一時一九分ころ、石神井公園駅バス発着所に到着し、同バスを待っていた約一〇名の乗客を乗せて定刻より一〇分遅れて午後一一時二四分ころ発車したところ、約一・五メートル進行した地点で客が一人現われたので、停車してこの客を乗車させた。そのころ、債権者は、前記飲食店でビールを大ジョッキ一杯、清酒一二〇ミリリットル飲んでいたが、トイレに行くため店を出てきていて、吉野運転の右バスを見つけ、上石神井営業所まで便乗しようと考え、右のとおり停車している同バスのところへ行き、吉野運転手に対し、このバスは何分発なのかときいた。吉野運転手が一〇分位遅れていると答えると、債権者はさらに、二分間だけ待ってくれよ、連れがいるからといい、吉野運転手が、遅れているからまずいですよと答えたのに対し、債権者は、すぐだからといった。吉野運転手(平成元年三月に債務者に入社)は、先輩に当たる債権者にいわれたため、通常の速度よりもゆっくりと運転して駅前のロータリーを回っていたところ、小走りで飲食店にいた同僚のところまで行って戻ってきた(吉野運転手と話をした地点からの移動距離は合計約七七メートルになる。)債権者が同バスに乗車し、一番前の座席に座った。当時、債権者は制服姿で、酒気を帯びていることが看取された。すると、後部にいた一乗客が前に来て、債権者に対し、バスを私物化するのかといい、債務者の上石神井営業所まで乗車してきて、同所において債務者の運行管理総括責任者である池田栄二に対して、債権者がバスを私物化している、翌朝の勤務も考えないで飲酒していると苦情を述べた。債権者は、当夜右状態で営業所に宿泊した(以下債権者の右各行為を「本件行為」ともいう。)。

(二) 債権者は、旅客運送事業者として、輸送の安全及び旅客の利便を図ることを目的とするよう義務付けられており、全国的にバス利用者の減少が問題となっているなか、サービス向上運動等に努めてきていた。また、債務者の制定した現業従業員服務規程四条には、従業員は旅客自動車運送事業の公益性を自覚し運行の安全、運行時刻の正確を図り旅客及び公衆に奉仕するの念をもって諸業務に従事しなければならない、と規定されている。

(三) 債権者には、次のとおりの処分歴等がある。

(1) 昭和六〇年八月一二日、八分間の休息を食事休憩時間と思い込んで、担当したダイヤを約五〇分遅れて運行し、同年一〇月一六日付けで譴責の懲戒処分を受けた。

(2) 昭和六一年六月一六日、食事休憩時間を勘違いして担当したダイヤの運行を欠行して、譴責のうえ、出勤停止五日間の懲戒処分を受けた。

(3) 昭和六三年八月初旬頃、運転を担当して車両渋滞のため停車中新聞を読み始め、前方車両が発車しても気付かず新聞を見続けていて、乗客から債務者に苦情があり、厳重注意を受けた。

(4) なお、債権者は、本件解雇を不服として労働協約六三条に基づく苦情処理を申し立てたが、平成元年七月二五日及び二六日に開催された職場苦情処理委員会での審議を経て、同年八月四日及び同月七日開催された中央苦情処理委員会(構成人員は会社側、組合側各四人)において本件解雇は相当であるとの決定がなされた。

3  前記一応の認定にかかる債権者の本件行為は、債務者主張のとおり就業規則五三条一号、二号、四号、五号、八号、一二号、一三号所定の懲戒事由に該当するものである。

四1  債権者は、本件行為による最終バスの遅延時間は僅か数秒であるから実害はなく、酒気を帯びて上石神井営業所に宿泊したことは従前問題にされたことはないのであって、本件解雇は社会通念に照らして合理性を欠いた苛酷なものであり、使用者の裁量の範囲を越えた解雇権の濫用であると主張する。

疎明資料によれば、営業所においては従前飲酒したうえ宿泊する従業員がいたことが一応認められるが、債務者がこれを許可していたとは認められない。また、債権者の本件行為による最終バスの遅延時間については、債権者は後日の調査結果によれば三秒ないし一〇秒と考えられるとし、債務者は後日の調査結果によれば五七秒ないし一分二二秒と考えられるとするが、前記の債権者の移動距離並びに会話の程度から現実の遅延時間は債権者の主張するように数秒に止まるものということはできない。

前記一応の認定のとおり、債権者は、債務者の従業員でありながら制服着用時酒気を帯び、待っていた客を乗車させて約一〇分遅れて出発し始めた最終バスを、担当運転手が難色を示すにもかかわらず二分間待つように要求し、通常よりもゆっくり進行させた右バスに便乗し、債務者の従業員が酒気を帯びて自己の都合で最終バスの運行を遅らせたとして乗客から苦情を申し入れられたものであり、本件行為は、輸送の安全及び旅客の利便を図ることを目的とするよう義務付けられ、サービス向上に努めていた債務者として見過すことのできない非違行為であって、本件行為の態様、状況並びに債権者は過去にも担当した運行を欠行する等の不祥事を重ねて処分を受けていたとの事情を総合すれば、懲戒解雇に相当するとの決定のうえ、これに基づきなされた本件通常解雇は、客観的合理性を欠くものではなく、社会通念上相当として是認することができないものではない。

なお、債務者の就業規則五四条七項には、懲戒処分を受けたものが六カ月以内に更に悪質な懲戒に該当する行為をしたときは重く懲戒することができると規定されているところ、債権者は、債務者が前記過去の処分歴を問題にすることは一事不再理の原則に反すると主張するが、債務者は、本件行為に対する相当な処分決定のための情状として前記債権者の処分歴を考慮しているものであって、前記処分の対象となった行為を重ねて本件処分の対象としているものとは認められない。

したがって、本件解雇が権利の濫用であり、無効であるとの債権者の主張は理由がない。

2  また、債権者は、本件解雇は、債権者の労働活動を嫌悪して、債権者を債務者から排除することを意図した不当労働行為であると主張する。

債権者が西武バス労働組合上石神井支部の書記長を五期つとめたことは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、債権者は本件解雇当時若手従業員とともに労働協約の勉強会をしていたことが一応認められる。

しかしながら疎明資料によれば、右書記長をつとめたのは昭和六一年度以前のことであることが一応認められ、前記1のとおり、本件解雇は社会通念上相当性を欠くものとはいえず、債権者が右のとおり労働活動をしていたからといって、本件解雇が債権者の組合活動を嫌悪したためなされた不当労働行為であるとは認められない。

したがって、本件解雇が不当労働行為であり、無効であるとの債権者の主張は失当である。

五  よって、本件申請は被保全権利の疎明がないことに帰し、右疎明に代えて保証を立てさせて本件申請を認容することも相当ではないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 長谷川誠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例